本サイト/記事は移転しました。

約10秒後にリダイレクトします。

全日本ロードを振り返るよ

 なんかあわただしくてなかなかかけなかったが、適度に興奮もさめたところで書き始めてみる。まずはエリート。

はるばる行ってよかった

 はるか八幡平、しかも北京2泊3日弾丸出張から帰った翌日に出発という日程だけど、やはりいくことにした。
 ロード全日本を見に行っているのは2006年の広島全日本をパスして後悔しているから。当時は東京在住で、遠いと思った。結果は単騎の別府史之が優勝。いったいどんな強さやねん、強さを見たかったと思った。
 それ以降毎年全日本ロードを見に行っている。今年は再び別府が圧倒的な力を見せて勝った。2006年の後悔を少し取り戻せた気がした。

別府史之は強かった

 今年はITTとマスドの両方に調子を合わせて帰国していて、ITTも力を見せつけて勝った。スタート前の姿を見て、かなり絞れているという印象だった。
 3週目に登りで別府がペースアップすると集団は20人程度ずつに分断された。いったん大集団状態になったあとペースアップして逃げ集団に難なく追いついた。それだけ序盤で動きつつも最後にきっちりと勝つ。圧倒的な力の差。
 世間的には新城のほうがヨーロッパでリザルトを残していると思われているけど、力、ヨーロッパでの評価は別府のほうが上なんだろうと思う。なんといってもプロツアーチームで契約を継続できている(日産様の意向という面がないわけではないかもしれないけど)。別府が逃げたときに「ゴール勝負になったら新城に勝てないからだろ」とか言っている観客がいたけど、「んなあほな」と心の中でつぶやいた。別府にスプリント力がないのではなくって、別府はスプリントに参加していないだけ。しかもこういう登り気味のゴール勝負は2008年のアジア選手権でもきっちり決めている。ゴール勝負でも別府だと思っていただけに、そのとおりになってなんかうれしかった。

各チームの思惑を勘ぐる

 最初の逃げの有力選手はニッポの佐野とシマノのアベタカ。愛三は鈴木を送り込んだもののこの2人に比べるとややちからは落ちる。そんなことから後方のメイン集団をコントロールする役割をせざるを得なかった。そろそろ終盤というあたりから働いた選手がポロポロ落ちていって駒がどんどん減って、それゆえに最後の勝負に絡めなかったように見えた。

 シマノはアベタカが逃げて、村上が別府と一緒に追いついたおかげで余録を持って終盤に動いて、勝負に絡むことができた。リザルト的には西園の4位というのはチームにとっては不満だろうけど、チームはよく機能していたと思う。西薗をエースに立てたという作戦もよかったと思う。

 毎年微妙な力関係のなかで全日本ではお得な役回りになることが多いニッポ(ファルネーゼ、ユーラシアを含む)は、今年はちぐはぐに見えた。佐野の逃げは何を狙っていたのか、なぜ逃げを追いかける動きを見せたのか、宮沢と佐野のどちらで勝つつもりだったのか・・・・。
 今年のレースでは別府の次に強さを見せつけたのは佐野。次のステップが楽しみ。

 ブリジストンアンカーの走りは印象に残っていない。他のチームに気を取られて見逃したのかと思っていたけど、井上のブログではこんな書き込みも。

ただ、
今回の全日本選手権は、
僕個人はもちろんのこと、チームとしても、
展開を動かすことも、
そしてその意思さえも示していないレースをしてしまったと
反省しています。

 清水が3位になって形にはなったけど、駒の多さが生かせなかったように見えた。

 宇都宮ブリッツェンは大満足の結果でしょう。小坂が逃げ、その後もよくアシストして、このところ調子をあげてていて登りのレースで結果を残している増田を最後の勝負に参加させたんだから。

公道レースの悲喜こもごも

 公道を閉鎖して、震災の影響も残る中全日本を開催した地元車連の努力には感謝します。
 土曜日は4レース、日曜日は3レース同時進行でそれゆえのニュートラル設定とかややこしいこともあったけど、選手があまり途切れずにやってくるのはいい面でもある。
 もうひとつは足切りが厳しかったこと。メイン集団からさほど離れていないちぎれ集団が早々に切られたのはかわいそうだった。前の流れ次第ではまだ追いつく可能性があっただけに。ここにはならさん、ヒオキ、アキヤマ、ウキョウらがいたもよう。
 とはいえ、やはり公道レースは気持ちいい。もっとあちこちでできないものかと思うけど、土日の両方で閉鎖しなければならないというのは高いハードルらしい。

観客と運営と

 別府と新城という2大スターが帰国して、しかも広島に比べると首都圏から近いし、近年のツアー・オブ・ジャパン東京ステージ、ジャパンカップの大観衆からしてかなりの人数が集まるかと思ったら拍子抜け。昨年の広島並み、シクロクロス全日本マイアミ浜並みの人数程度だろう(マイアミは選手も混じっているので比較するのは正確ではないけど)。
 今時はインターネットストリーミングがあるので自宅にいるほうがよく状況がわかったりするけど、やはり現地で見ている興奮には代えがたいものがある。そしてなによりも、人数が多く集まることは経済効果を生むし、それがチームや選手個人の経済状況にプラスにもなる。ちゅうことで、みんなレースを見に行きましょう。

 運営というか、ホスピタリティみたいなものは残念ながら皆無。震災の中で実施に漕ぎつけた岩手車連には感謝するけど、JCFはもうちょっとなんとかできなかったのか。特に会場のMCはまるでマーシャルへの業務連絡のよう。観客にレースを楽しんでもらおうというような工夫は感じられなかった。人数が多く集まることは・・・と前段落の繰り返し。
 せっかくのブームをみすみす逃したらあかんよ。

あちこちのブログから

夢が叶った時の宙を浮くような幸福感を知っています。
また思いが叶わなかった時の深い敗北感も知っています。
今年もまた敗北感で夜も眠る事ができませんでした。
5時間のレース、最後の10分が我慢できませんでした。
何度もその光景が目に浮かびます。

 気持ちが切れていないようで、うれしい。

先行する4人を視界に捕らえたまま
最初の登りに差しかかると集団のスピードは緩んだので
その瞬間にアウターにかけたまま自らアタックすると
佐野(ダンジェロ)が反応して2人で前を追う。

頂上手前1km付近で追いつき6人になって
ここからは全員が定期的に先頭交代を繰り返し
順調に差を広げ始める。

3周目には最大で6分まで差を広げるが
さすがに警戒した有力選手たちが動き出したようで
差は見る見る縮まりはじめ、あっという間に
4分・3分・2分・・・と迫ってくる。

時折情報提供にやってくるオフィシャルのバイクからは
ゼッケン90番と116番が2人で追っているとの情報。
別府(レディオシャック)と村上(シマノ)だ。

二人を待つのかと思いきや、逃げのイニシアティブを握る
阿部、佐野の2人は別府に足を使わせたいのか
さらにペースアップして他の選手もそれに同調し
かなりのハイペースで快調に飛ばしていく。

しかし、それでも別府、村上の2人は
先頭に追いついてきた。


本当にスゴイ!!
これがヨーロッパでプロとして走っている
選手の力なのか!!!
と度肝を抜かれた瞬間だった



怪我してからは、精神的にキツい事が多くて、いろいろな面で成長も出来ていると思う。

乗り方も変えた。ポジションも変えた。トレーニング方法も高校生の時のやり方と変えた。ペダリングも変えた。人に対しての接し方も変えた。生活の仕方も変えた。スーパーで買う食べ物も高くても良いもの買って、食事も変えた。料理もこだわった。そうしたら体も変わった。

まだまだ変えていくべき事が沢山ある。

正直、時間の使い方は高校生の時より下手になってしまったままだ。

そのようなところを一つ一つクリアして行って、良くして行きたい。

自分が頑張ったか頑張ってないか。ほんとに一番自分でわかる事だから。


そしてレースが動くときが来た。
前にマビックカーが見え始めたのだ。
逃げの吸収がカウントダウンされ始めた。
集団後ろに行くとセイ君発見。
集団には野獣とセイ君が残っている。
自分のための勝負をしにいくようにと2人に伝える。
ここでなんか役目を終えたようで気が抜けたのは確かだった。

案の定、次の上りでペースアップがあった。
2人は集団の中ほどで上っている。
私は苦しまずに集団から切れた。
何か分からないが身体から力が抜けた。
2人が頑張っている姿を見てすべてが終わった気がした。

その後は何故かまた永良選手とランデブー。
昨年は何かと森本さんや岩島さんと一緒になった。
そしてラスト周回に入る直前にレースを終えた。

悔しさは無く、ああ終わったんだなと実感した。

こんなに色々な思いがなくすっきりしたレースは初めて。

レースは世代が完全に変わった。

ジュニアは西村君が優勝した。
ちょっと前はうちの練習会にも来てくれていた彼がチャンピオンだ。
スゴイ、おめでとう!

アンダーは山本選手が連勝。
次世代の力を感じる。

エリートは別府選手・新城選手はもとより西園選手がゴール勝負に絡んだ。
成長の過程を見ていただけにただただ脱帽。
凄い選手になってもらいたい。

オーベストもついに全日本で完走する選手が2人出てきた。
彼らにはぜひ次のステップに向かって進んで貰いたい。

私は しばし リセットしよう。


コンディションは合わせられたものの、純粋に力が及ばず。現時点では一番良い状態に持ってこれたものの、現時点での限界がはっきり見えたレースだった。

なんとなく達成感なく、現実を知ってしまった落胆が入り混じった複雑な気持ち。